ベルリン ドイツ学生の日本観

        川西重忠(ベルリン自由大学)

 

1.        ベルリンの学生

 ライプチヒからべルリンに来て2ヶ月が過ぎた。同じドイツでも随分

街の雰囲気と生活環境が違っている。とにかくここは政治も経済も車も

人も何もかもが動いている、という感じである。

ベルリン自由大学は、大戦終了後の冷戦でドイツが東西に分裂した時、

ベルリンにおける自由主義陣営の学術の拠点として設立されたもので、

大学の歴史そのものは、ドイツでも新しいほうだ。

私の所属する東アジア研究所は、日本語科、中国語科、韓国語科の3

学科があり、日本語学科だけで約500人の学生が通っている。

 いま、ベルリンには16の大学(総合大学4、単科大学12)があり、

学生数は133,526人とドイツでは最も多い。

 ドイツの教育制度は日本とは違い、大学入試に比重が置かれていない。

大学入学資格を取得したものは、原則としてどの大学でも入学できる制

度になっている。学期は半年毎のゼメスター制であり、入学式、卒業式、

学園祭のような日本では一般的になっている年間セレモニーは殆ど無い。

時々、学生主宰の夜会パーテイが開かれるが、これは出席者が各自めい

めいに好きな時間に、好きな服装で来て、自由に楽しんで帰ってゆく。

なにかと通過儀式が盛り沢山の日本の大学とはずいぶん違っている。

日本の大学が最も重要視している卒業後の就職も、学生が自分達で探

して決めて来るので、誰がどの会社に何人入ったのかの数字も大学は正

式に把握していないのが普通だ。ドイツの青年で日本に興味を持ってい

るものは少なくない。彼らは特に日本文化と日本の経済に関心を持って

いる。昨年は日本とドイツの友好年ということもあり、日本が好きで、

日本語を勉強しているドイツの青年には、日本が身近になった年でもあ

った。合気道、弓道、柔道、剣道、茶道、生け花などの伝統文化に対す

る関心も強いようだ。時々、日本関係の会合で出くわす演武会では、日

本人顔負けの本格的な型と実技が披露され、思わず見とれることがある。

異国のせいか、彼らの態度、身のこなしが日本人以上に日本的に見える。

 

2.日本語学習

 ドイツの学生で日本に関心を持つものは大学の日本学科で「日本語」

の他、「日本事情」「日本経済」、「異文化コミューニケーション」、日本

の経営、政治、等を履修する。3年後にはかなりの日本語レベルに達す

る人も多く日常会話から始まって、専門的な講義を聞き取れるようにな

る。講義方法と内容は担当教師のやりかたに委ねられるが、日本のよう

に教師が一方的に話す方式ではなく学生との相互方向の対話形式が多い。

ここで、講義の実例を一つご紹介しておこう。私は先日ベルリン自由

大学の山田より子先生の「異文化コミューニケーション」の授業を覗く

機会に恵まれた。その日は、ロールプレイ方式で学生同士を実演させて、

参加者全員で楽しみながら異文化交流を考える日であった。

その時の実演は「国際結婚に反対する両親を、友人の学生が説得する

場面」、「国際結婚で生まれた子供を日本の学校と国際学校のどちらに

行かせるか、夫婦でやりあう場面」、そして「日本企業のヘビースモー

カーの課長の下で働く社員が、直接部長に窮状を訴える場面」、そして

「日独学生が自転車の衝突事故でやりあう場面」の4つの場面である。

この実演のやり取りを通じて受講学生は、異文化間の思考の違い、文

化ギャップとその対応を考えるのである。私は学生達の絶妙の演技(し

かも台本無しのぶっつけ)に驚いた。とてもリハーサル無しの演技とは

思えない出来である。特にドイツ学生が日本側にたった役を演ずる場合

は、生き生きとして、正に地で言っているほどのはまり役だ。

登場人物と場面設定のうまさに加え、コーデイネーターの山田先生の

開始前のイントロと実演後のフリーデイスカッションでのフォローの見

事さに舌を巻いた。これなら学生も自然に「日本人の行動様式」と「日

本の文化」「しきたり」を覚えることができようというものだ。

 他の「日本事情」などの講義も学生が理解し易いように、ビデオを使っ

たりの工夫がなされている。これらの講義から学生は多方面に渡る日本

の知識とスキルを身に付けてゆく。学生の日本への関心は、伝統的で異

国的なオリエンタル日本への関心と合わせて、電気製品に代表される日

本の工業商品とマンガ、ゲーム機に代表される日本の若者文化が一緒に

なっている。

 学生達のアンケートによれば、日本に行った青年の殆どが日本を好き

になり、また行きたいと思っている。彼らの希望は日本に行って日本語

に磨きをかけ、日本の友人に会い、日本を旅行してもっと日本を知り、

もし機会があれば日本の会社で短期研修をすること、などなどだ。

仕事では日本語を使う職場への就職を希望しているが、それは必ずし

も大企業で働くことを意味しない。なにより仕事の内容と待遇が大事で

ある。働く場所も日本で日本の会社で働きたい、というよりもドイツに

ある日本企業で働くか、ドイツ企業で日本の仕事をしたい、という人の

ほうが多い。現在、ドイツに進出している日本企業は780社、ベルリ

ンだけでは30数社と多くないので、日本企業に就職したい学生には高

いハードルになっている。

上記に見られるように、ドイツの学生は日本の学生のような大企業志

向ではなく、採用・入社方法も41日の一斉入社、同期生一括採用の

制度では無いうえ、年功賃金・年功序列の考えも無く、自分の専門能力

を高く評価してくれる会社に高収入で働くことが、学生一般の考えにな

っている。彼らには日本のような会社中心の生活は考えられないことだ。

ちなみに彼らの生活の重要順位は1番が家族、2番目が友人、その後に

会社と地域住民が同じ程度で続く。日本のように会社が人生の最重要の

ものでないことだけは確かだ。

一方、ドイツの女性学生の目からみても日本企業では待遇面で女性社

員が公平に扱われていないと見ている。男女平等に近い欧米では日本企

業のこの面での遅れは、やはり目につくところである。

 

3.茶の湯の実習と講義風景 

ところで次に「茶の湯」についても記しておきたい。日本で「茶の湯」

はお稽古事として女性のたしなみの一つに数えられている。日本文化を

代表するものとして大学でも教えられ、研究者も多い。たまたま妹の洋

子が東海大学からの派遣で、私と同じく今、ベルリン自由大学の招聘を

受けて客員教授として来ている。妹の受け持ちは「日本文化史」と「茶

の湯実習」であり、自分の独自の研究課題のほか、大学でこの2コマを

受け持っている。実は、この「茶の湯実習」が以外に好評なのだ。

茶の湯の参加者は開始後、だんだん増え、スタート時の1クラスが今

は2クラスになっている。途中で誰もやめる人がいないのだ、という。

日本語能力の不足の人も実技なのでやり易いのかもしれない。この実習

だけは、自宅を教室代わりでやっているので、私も時々実習風景を覗く

ことがあるが、皆感心するほど熱心にやっている。わずかの間に、正座

も、お菓子を取る作法も、「お先に」の決まり言葉も、上手くなり、な

かなか「さま」になっている。中には始めてから2ヶ月しかならないの

に、日本人以上の折り目正しさと柔かい物腰で「お点前」が出来る学生も

いて、とても初心者とは思えない勘の良さとうまさに、妹が思わず「あ

なた、以前にも茶の湯をしたことがあるの?」と聞くようなこともある

らしい。妹によると長年、茶の湯を教えていると「お点前」を見ただけ

でその人の性格、素質、育ち、適性などが、全てすぐ分かるものらしい。

お稽古事には国境が無いということなのであろうか。「茶の湯」の実技

と理論の2つを教えるのは、ベルリンでは初めてだと大学のパルク所長

から聞いているが、妹の実習風景を見ていると、文化交流の生きた実例

を見るようで、考えさせられる。日本文化の一つの型が「茶の湯」の作

法の中にあり、学生達は「お点前」の実習を通じて自然に日本の「文化

の型」を身に付けているのかもしれない。私にはこの中から将来日本人

顔負けの親日家が出てくる予感がしてならない。もっとも、妹は「茶の

湯」を一緒に楽しんでいるだけで、深くそんなことを考えている様子に

は見えないが。「茶の湯」の遊びの中で思いがけない体験もあるようだ。

最近の例では、ラトビアの学生に「お点前」の後で、上手に出来たので

遊び半分に着物をきせたところ、みるみる和服美人に一変し、余りに綺

麗で似合うので、言葉を失ったらしい。

 私自身は「日本企業論」を受け持っている。学生は、フランクフルト、

デュッセルドルフ、ハレなどベルリン以外から来ている者が多い。殆ど

が日本に留学やインターンシップ研修で行った経験者であり、日本への

経済と文化に関心が強いものばかりだ。日本経済に対する知識はまだ十

分ではないが、自分の知っていることには目を輝かせる。分からないこ

とはすぐ質問が飛んでくる。意表外の鋭い質問に冷や汗を掻いて、立ち

往生する場面もしばしばだ。時にはドイツにある日本企業から講師を招

いてのレクチャーや日本企業視察も計画的に入れている。講義の使用言

語は日本語でやるが、資料は日本文の他、英文、ドイツ文もよく使う。

 

4.ドイツ語学校

 今必要に迫られ、ベルリンに来てからドイツ語学校に毎日通っている。

いつかドイツ語で講義できるのを夢見ている、がそれこそ夢のまた夢だ。

このドイツ語学校はキタ・アルミン君という大学の教え子が見つけてき

てくれたもので、自宅からは20分位離れたノーレンドルフという所に

ある「ハートナック・シューレ」という学校だ。ドイツ語の他、英語ビ

ジネスコースもあり、講師陣も充実している。我々の担当教師は、シュ

ツットガルトで軍隊経験のあるトーマスという30前後の元気一杯の若

いドイツ人だが、昨年1年間北京大学で中国語を学んできたせいか、中

国大好き人間だ。時々、私への説明に中国の簡体字を使う。日本人なら

誰でも中国の漢字が分かるものと思い込んでいるらしい(実際は中国語

と日本語は同じ漢字圏といっても、かなり違うのだが)。

私のクラスは初級コースで、いま24名が一緒に学んでいる。もっと

も初級とは名ばかりで、殆どのものがドイツ語で日常会話程度は出来る。

彼らの身分はやはり学生である。公共機関には学生割引が適用される。

例えば、交通機関は、学生チケットを買うと地下鉄、市内の国鉄(ドイ

ツ・バーン)、バスのどれでも1ヶ月5000円位で乗り放題だ。

もちろん、彼らは一般のドイツ人学生とは違っている。ドイツで働く

ためか結婚のためにドイツに来ている外国人青年である。24名のクラ

スメイトの出身地は正に「From all overthe world」で世界の20ヶ

国から集まって来ている。イタリア、ブルガリア、ルーマニア、アルバ

ニアのヨーロッパ諸国、エチオピア、マリー、ナイジェリア、ジンバブ

エのアフリカ勢、更にアメリカ、キューバ、ペルー、コロンビアの南北

アメリカ、そしてアジアからは香港、モンゴール、タイ、インド、ベト

ナム、韓国、中近東からはイラン、トルコ、オーストラリアなどである。

日本人は私一人だ。ここでは性別、年齢、国籍など全く関係ない。と

ても「国際化」などという生易しいレベルのものではない。ドイツでは

これが「現実」なのである。彼(彼女)達の殆どが今後ドイツに定住し、

ドイツで働くことを希望している。聞くと皆、ドイツを気に入っている。

ブルガリアから来ている若い兄妹は、ベルリンの母親のもとにいるが、

ブルガリアは自然が美しく、物価もドイツの10分の1位と安いが、ブ

ルガリアよりドイツが良いと言う。イランの若い女性もそうだ、胸のネ

ックレスに「コーラン」の文言を小さく折ってお守りにしている彼女は

イランを誇りにし、懐かしみながらもドイツでの生活を望んでいる。

日本人と違い、彼らの生活環境は既にドイツになっている。彼らの日

本評は日本イコール家電製品のイメージだ。この間も、イランの彼女が

私のところに来て「日本良い、日本良い」と言うから、何が良いんだ、

と聞くと「みんな良い、ソニー、マツシタ、ジャッキー・チェン、ヤー

パン良い良い」と言う。彼女、果たしてどこまで日本が分かっているの

だろうか。しかし、これもまたドイツから見た日本評である。

「ヤーパン」の呼び声はドイツでも高いが、「ふじやま、げいしゃと家

電商品の日本」、のイメージはなかなか変わらない、もののようだ。

                             以上